大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)169号 判決

原告 小林忠夫

被告 葛飾税務署長事務承継者 日本橋税務署長 国税不服審判所長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  葛飾税務署長が、原告に対し、昭和五五年三月七日付けでなした原告の昭和五一年分、昭和五二年分及び昭和五三年分の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分のうち、所得金額が昭和五一年分については三五三万二二四五円を、昭和五二年分については一五二万六六四一円を、昭和五三年分については二〇七万〇八八三円をそれぞれ超える部分をいずれも取り消す。

2  被告国税不服審判所長が、原告に対し、昭和五七年八月一三日付けでなした原告の昭和五一年分、昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得税更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分に対する審査請求を棄却した裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件各更正の経緯等

原告は、新聞販売業を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和五一年分ないし昭和五三年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について、原告のした確定申告、これに対して葛飾税務署長がした各更正(以下「本件各更正」という。)及び各過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各決定」という。)、これに対して原告がした異議申立て及び葛飾税務署長がした決定並びに原告がした審査請求及び被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)がした審査裁決(以下「本件裁決」という。)の経緯は、別表1の1ないし3記載のとおりである。

2  本件各更正及び本件各決定の違法事由

葛飾税務署長のした本件各更正は、以下に述べるとおり、違法であり、本件各決定は、本件各更正を前提としてなされたものであるから、これも違法である。

(一) 葛飾税務署長は、原告がいわゆる民主商工会の会員であることから、その民主商工会の組織破壊を目的として、原告の所得調査を行つて本件各更正及び本件各決定をしたものであるから、右各更正及び各決定は、憲法一四条、一九条、二一条一項、二五条、二九条に反する違法なものである。

(二) 所得に対する課税は実額課税が原則であり、推計課税は、納税者が信頼しうる帳簿等を備えておらず、また、納税者が合理的な理由なく調査に対し資料提供を拒否する等非協力的態度に終始したため、所得の実額の捕捉が不可能になつた場合に限つて、例外的に許される。

しかるに、原告は、葛飾税務署長から本件各更正の処分をされるまで、原告のした確定申告についての必要な資料を提出しており、また、葛飾税務署長による原告の実額の捕捉を困難ならしめる行為をしたことはなく、推計の必要性がなかつたにもかかわらず、葛飾税務署長は一方的に推計課税に及んだものである。

(三) また、本件各更正は、合理性を欠いた推計により原告の本件各年分の事業所得金額を過大に認定している。

3  本件裁決の違法事由

本件裁決も、以下の事由により、違法であつて、取消しを免れない。

(一) 被告審判所長は、本件審査手続において、実質的審査をなんら行わないまま葛飾税務署長のした違法な本件各更正及び本件各決定を概ねそのまま認容したもので、審理不尽の違法がある。

(二) 被告審判所長は、本件各更正と同様に、本来なしえない推計課税の方法により本件裁決をしたものであるから、本件裁決も違法で、取消しを免れない。

4  なお、本件訴訟の係属中、原告が、葛飾税務署長の管轄区域から、被告日本橋税務署長(以下「被告税務署長」という。)の管轄区域である冒頭記載の住所地に移転したため、本件訴訟に関する葛飾税務署長の権限は、被告税務署長が承継した。

よつて、原告は、被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり、本件各更正、本件各決定及び本件裁決の各取消しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)のうち、原告が民主商工会の会員であることは知らない、その余は争う。(二)のうち、葛飾税務署長が推計により原告の所得金額を計算して本件各更正をしたことは認め、その余は争う。(三)は争う。

3  同3(一)は争う。(二)のうち、被告審判所長が推計により原告の所得金額を計算したうえで本件裁決をしたことは認め、その余は争う。

三  被告税務署長の主張

1  本件各更正等に至る経緯

(一) 葛飾税務署長は、原告の本件各年分の確定申告書を検討した結果、各申告所得金額が同規模程度の同業者に比較して過少と認められ、また、昭和四九年分以降、所得税の調査を行つていなかつたこと等から、原告の本件各年分の確定申告書に記載された各所得金額が適正なものか否かを確認するため、その所部係官市川幸次(以下「市川係官」という。)に調査を命じた。

(二) 市川係官は、昭和五四年一一月一日、調査のため原告方に臨場したが、原告が不在であり、同月二日、臨場したところ、原告は不在であつたが原告の妻が在宅していたため、同女に対し、所得税調査の目的で来訪したことを告げ、質問調査をしたところ、従業員数等は答えたものの、確定申告の内容はわからないとのことであつたので、再度臨場する旨を原告に伝言するよう依頼した。市川係官は、同月五日に原告方に臨場したが、原告は不在であり、原告の妻に対し、同月七日午前一〇時半に臨場する旨を原告に伝えるよう依頼して辞去した。

市川係官が、右日時に原告方に臨場し、原告に対し、所得税調査に応じるよう、再三にわたつて説得し、確定申告書に添付した収支明細書に記載した収入及び経費等の明細を明らかにするよう要請したが、原告は、「今日は忙しいからだめだ。後で連絡する。」等と述べるだけで一向に調査に応じようとしなかつた。そこで、市川係官は、原告に対し、次回の来訪日を原告の指定する同月二七日に決めたうえ、原告の事業所得に係る収支計算書類、新聞社からの請求書、領収書等を用意しておくよう要請した。

(三) 市川係官は、右同月二七日、原告方に臨場したところ、原告及び原告の妻のほか、葛飾民主商工会(以下「葛飾民商」という。)の事務局長及び会員らしき者七名が同席していたので、第三者の立会を排除して帳簿書類等を提示するよう求めたが、原告は、立会人の排除に応じず、また、帳簿書類等についても「なかなか全部揃わない。」と言つて提示しなかつたばかりでなく、「調査に来た理由を教えてあげなさいよ。」等の立会人らの言に合わせて、原告の妻ともども、「こんな忙しい時にきて腹が立つ。」「新聞店を全部調査したので私の家にも来たのか。」などと調査に関係のないことを次々と繰り返し述べたため、調査を進展させることができず、その場を退去した。

(四) 市川係官は、その後、原告方に臨場し、また架電したが、原告は不在であり、同年一二月一日、原告方に臨場したところ、原告は不在であつたが原告の妻が在宅していたので、同女に対し、立会人なしに調査に応じるよう、また、同月三日に臨場するので帳簿書類等を提示するよう、原告に伝言を依頼し、同女は原告に伝言する旨を約束した。

しかし、同月三日、市川係官が原告方に赴いた際も、原告の妻は、「主人に伝えたが何も言わなかつた。税務署の方でやりたいようにやつて下さい。」と言うだけで、結局、帳簿書類等の提示には応じることはなかつた。

(五) そこで、かかる状況では、原告に対する調査により原告の事業所得の金額を実額で計算することは不可能で推計により計算せざるを得ないとの判断により、市川係官は、原告の取引先の反面調査を実施し、その結果に基づき、本件各年分の所得金額を算出したところ、原告の申告額は、いずれも過少であると認められたので、葛飾税務署長は、本件各更正及び本件各決定を行つたものである。

(六) なお、市川係官は、反面調査を実施するに先立ち、また、その後、数回にわたり、原告方に臨場または電話連絡により、原告の妻に対し、調査への協力、帳簿書類等の提示についての原告への伝言及び原告の都合の良い日時の連絡方を依頼したものであるが、同女または原告からは一度も連絡がなく、結局、本件各更正をするまでの間、原告との面接ができないばかりでなく、原告から帳簿書類等の提示も一切なかつたものである。

2  事業所得金額

被告税務署長が本訴において主張する本件各年分の事業所得金額は、次のとおりであり、右各事業所得金額の範囲内でなされた本件各更正及びそれを前提とした本件各決定に違法はない。

昭和五一年分    八一八万二五九四円

昭和五二年分    七九一万六二四四円

昭和五三年分    七九九万三〇〇八円

3  事業所得金額の内訳

(一) 総収入金額

昭和五一年分   五一五五万五四五八円

昭和五二年分   五七五三万九一〇七円

昭和五三年分   六七七三万三八二九円

右は次の(1)の売上金額と(2)の補助金等の金額の合計である。

(1) 売上金額

昭和五一年分   四一八七万九七七八円

昭和五二年分   四六七九万九二四七円

昭和五三年分   五五三二万一〇七九円

葛飾税務署長が原告の新聞仕入先である毎日新聞社及び中日新聞社東京本社(以下「中日新聞社」という。)を調査して把握した原告の本件各年分における新聞出版物の仕入金額の合計額(以下「新聞等仕入金額」という。)を、葛飾税務署長が管轄する区域内において個人で新聞小売業を営み、かつ、規模の類似する者(以下「比準同業者」という。)の、本件各年分における新聞出版物の売上金額に対する新聞等仕入金額の割合(以下「新聞等原価率」という。)の平均値(別表4の1ないし3記載のとおり、昭和五一年分は六六・四七パーセント、昭和五二年分は六五・一二パーセント、昭和五三年分は六一・五九パーセント)でそれぞれ除して算出したのが、右各売上金額である。

(2) 補助金等の金額

昭和五一年分    九六七万五六八〇円

昭和五二年分   一〇七三万九八六〇円

昭和五三年分   一二四一万二七五〇円

毎日新聞社からの補助・奨励金(「厚生費補助金」及び「補助奨励金」)並びに中日新聞社からの補助金(「従業員対策費」の一部及び「補助」)であり、その内訳は別表3記載のとおりである。

(二) 売上原価

昭和五一年分   二七八三万七四八九円

昭和五二年分   三〇四七万五六七〇円

昭和五三年分   三四〇七万二二五三円

(一)において、売上金額の推計の基礎となつた新聞等仕入金額の合計金額であり、その内訳は、別表2のとおりである。

(三) 一般経費

昭和五一年分   一〇〇七万二〇八六円

昭和五二年分   一二六六万八五五六円

昭和五三年分   一八〇一万二五四三円

一般経費とは、必要経費のうち前記(二)の売上原価と後記(四)の特別経費以外の必要経費をいうものであるところ、葛飾税務署長は、前記(一)(1)の各売上金額に、比準同業者の本件各年分の売上金額に対する一般経費の金額の割合(以下「一般経費率」という。)の平均値(別表4の1ないし3記載のとおり昭和五一年分は二四・〇五パーセント、昭和五二年分は二七・〇七パーセント、昭和五三年分は三二・五六パーセント)をそれぞれ乗じて算出した。

(四) 特別経費

昭和五一年分    五四六万三二八九円

昭和五二年分    六〇七万八六三七円

昭和五三年分    七二五万六〇二五円

右は、次の(1)の雇人費と(2)の店舗賃借料及び借入金利息の合計である。

(1) 雇人費

本件各年分の雇人費は、別表5の1ないし3記載のとおりである。

なお、右金額は、給与支払明細書の支給額欄に記載の金額から集金未収分手数料を控除した、原告が実際に負担した給与支払金額と鈴木正一に対する給与支払金額との合計額である。

(2) 店舗賃借料及び借入金利息

本件各年分の店舗賃借料及び借入金利息は、別表6記載のとおりである。

(五) 事業専従者控除額

昭和五二年分  四〇万円

昭和五三年分  四〇万円

原告の妻小林和子にかかる事業専従者控除額であり、原告が確定申告書に記載した金額と同額である。

(六) 事業所得金額

前記(一)の総収入金額から(二)の売上原価、(三)の一般経費、(四)の特別経費の各金額及び(五)の事業専従者控除額を控除した金額である。

4  推計の必要性

葛飾税務署長が本件各更正時及び本訴において原告の本件各年分の事業所得金額を推計の方法によつて算出したのは、前記のとおり、原告が、葛飾税務署長の調査の際、担当係官の再三にわたる要請にもかかわらず、事業所得を生ずべき業務に係る帳簿書類を一切提示せず、かつ、質問調査に対しても具体的に答述しなかつたので、原告の本件各年分の事業所得金額を実額で算出することが到底不可能であつたためである。

したがつて、推計課税の必要性が存することは極めて明らかである。

5  推計の合理性

(一) 被告税務署長が、本訴において、主張する原告の本件各年分の事業所得金額は、前記のとおり、原告の新聞等仕入金額を基礎数値として、比準同業者の平均新聞等原価率を適用して売上金額を算出し、右売上金額を基礎として平均一般経費率を適用して一般経費を算出する推計方法によつたものであるところ、推計の資料として抽出した比準同業者は、葛飾税務署長が管轄する区域内に事業所を有し、新聞小売店(新聞スタンドを除く。)を営む個人事業者で、かつ、次の(1)ないし(6)のいずれの条件にも該当する者を抽出したものである。

(1) 主に朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞、サンケイ新聞、東京新聞のいずれかを扱つている者。

(2) 本件各年分について、青色申告の承認を受けている者。

(3) 本件各年分のそれぞれの年分の新聞等仕入金額が、原告のそれの半分以上二倍以下(以下「倍半基準」という。)の範囲内である者。

(4) 年を通じて前述した新聞小売業を営んでいる者。

(5) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者。

(6) 税務署長から更正または決定処分がなされている者にあつては、国税通則法または行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立て及び訴訟が終結した者。

なお、右(1)ないし(6)までの各条件が本件各年分のすべての年分に該当する者はもとより、そのいずれかの年分のみ該当する者であつても、その該当する年分については同業者として抽出したものである。

(二) 右基準により抽出された比準同業者の数は、昭和五一年分が二件、昭和五二年分が四件、昭和五三年分が八件であり、これら比準同業者の新聞等原価率及び一般経費率等は別表4の1ないし3のとおりであるところ、被告税務署長は、右割合のそれぞれの平均値を適用して、前記3(一)(1)及び(三)のとおり、原告の売上金額及び一般経費の金額を算出したものである。

(三) 右比準同業者は、前記のとおり、原告と業種、業態、事業規模及び立地条件が類似する青色申告者を機械的に抽出しているので、被告税務署長の恣意が介在する余地は全くなく、これら同業者の抽出が合理性を有することはいうまでもない。

したがつて、右比準同業者の平均新聞等原価率及び平均一般経費率については、正確性と普遍性が担保されているから、これによる推計には合理性がある。

四  被告審判所長の主張

1  被告審判所長は、原告が昭和五五年七月二三日にした、本件各更正及び本件各決定に対する審判請求について、担当審判官を三名指定した。

右審判官らは、原告の審査請求書、原処分庁である葛飾税務署長の答弁書、審判官の再三にわたる催促を受けて原告が提出した、審査請求で主張する本件各年分の売上金額、売上原価及び給料賃金の額並びにその明細を記載した反論書並びに新聞等の売上金額を記載した発証一覧表等の証拠書類の調査検討をし、また、東京国税不服審判所の庁舎内において原告に対して質問調査を行い、更に、原告の仕入先に対して行つた調査の結果に基づき、審理を尽くしたうえ、合議を行つて議決し、被告審判所長は、それに基づき本件裁決をしたものである。したがつて、本件裁決は実質的審査をしているので、原告主張の違法はない。

2  また、推計課税の方法により原告の事業所得金額を算出するのは、課税標準の認定方法に関する問題であるから、本件裁決をするにあたり、推計によつて原告の所得金額を算出したことを違法とする原告の主張は、帰するところ、原処分である本件各更正の違法事由を主張しているにすぎず、裁決固有の瑕疵の主張にはあたらないから失当である。

五  被告らの主張に対する認否

1  被告税務署長の主張1(一)は知らない。(二)のうち、市川係官が原告方に臨場し原告不在のため原告の妻が会つたこと、その後市川係官が臨場し、原告に質問調査を行おうとしたが原告が「今日は忙しいからだめだ。後で連絡する。」旨述べ、調査に応じなかつたことは認めるが、その日時は知らない。その余は否認する。原告は、当日川崎に仕事で行く必要があつたため、調査に応じることができなかつたものである。(三)のうち、原告が妻ともども、調査と関係のないことを繰り返し述べたとの点は否認し、その余は認める。(四)は否認する。(五)は知らない。(六)は否認する。

2  同2(事業所得金額)は否認する。

3(一)  同3(一)(総収入金額)の各金額は否認する。(1)(売上金額)のうち、原告の新聞仕入先が毎日新聞社及び中日新聞社であることは認め、その金額は否認する。(2)(補助金等の金額)のうち、別表3の厚生費補助金欄記載の金額を受領したこと、及び従業員対策費を受領したことは認めるが、従業員対策費の金額については否認する。右金額は、同表備考欄記載の、従業員対策欄記載の各金額の算出基礎とされている各金額である。

補助奨励金欄記載の各金額、及び補助欄のうちの昭和五一年分の一〇月、一一月、昭和五二年分の八月、九月を除く各記載の金額と昭和五一年分の一〇月及び一一月のうちの各九万九一〇〇円、昭和五二年分の八月のうちの九万一三二〇円、同年九月のうちの八万二五五〇円については、それぞれ、毎日新聞社及び中日新聞社からの支給分であることは認めるが、右各金額が原告の収入であるとの点は争う。右各金額は、各新聞社からの新聞代金の値引き分に相当するものとして評価すべきである。

(二)  同3(二)(売上原価)の金額は否認する。

(三)  同3(三)(一般経費)の金額は否認する。

(四)  同3(四)(特別経費)のうち、店舗賃借料及び借入金利息の金額は認め、雇人費の金額は否認する。

(五)  同3(五)は認める。

(六)  同3(六)の金額は否認する。

4  同4(推計の必要性)は否認する。原告は、係官から適法な提示要請があれば、帳簿書類を提示し、説明する用意があつたのであるが、市川係官は、二度、原告方で原告と面談したものの、帳簿書類の提示要請や具体的な質問調査を全くせず、その他の日にはただ一方的に不在の原告方に赴き、または、架電しただけである。したがって、本件においては実額課税が可能であつたもので、推計課税の必要性は存しなかつたといわざるを得ない。

5  同5(推計の合理性)の(一)のうち、被告税務署長が本訴において記載のとおりの推計方法を主張していることは認め、その余は否認する。(二)のうち、主張の推計課税額が主張のとおりの推計方法によつて算出されたことは認めるが、その余は否認する。推計方法に合理性があることは争う。(三)は否認する。

6  被告審判所長の主張1のうち、原告が審査請求をした日は認め、その余は知らない。2は争う。

六  原告の反論(実額反証)

原告の本件各年分の課税所得金額は、次のとおりである。その内訳は、別表7記載のとおりであり、各年度の売上金額、仕入金額、給料、拡張費、その他の経費の明細は、それぞれ、別表8、9、10の1ないし3、11の1ないし3、12及び13の各明細書記載のとおりである。

なお、自動販売機による新聞売上は、宅配ではないので発証一覧表(甲第一ないし第二五一号証)に記載されていないが、右売上額は月五万円程度で、宅配の売上として計上されている売上金額の内の集金未収分にほぼ相当している。また、折込料収入については、昭和五一年分は昭和五二年分及び同五三年分の実績から算定することが可能であり、坂田百貨店からの広告料収入は他の新聞販売店への取り次配布経費で費消したため、大学ノート(甲第二五二、二五三号証)に記載しなかつただけである。したがつて、収入金額については発証一覧表、大学ノートにより実額で把握することが可能である。

昭和五一年分  三五三万二二四五円

昭和五二年分  一五二万六六四一円

昭和五三年分  二〇七万〇八八三円

七  原告の反論に対する被告らの否認

1  別表7記載の各金額のうち、仕入金額は否認し、売上及び諸経費欄の各金額は知らない。課税所得金額は争う。

2  別表8(売上明細書)、9(折込料明細書)、11の1ないし3(給料明細書)、12(拡張費明細書)、13(その他経費明細書)記載の各金額は知らない。

別表10の1(昭和五一年分仕入明細書)うち、〈7〉欄の一〇月分、一一月分及び計の各金額を否認し、「〈5〉仕入金額」、「〈8〉仕入金額」及び「〈5〉+〈8〉仕入金額合計」の各金額はその算出方法が不当であるから争い、その余は認める。

別表10の2(昭和五二年分仕入明細書)のうち、〈7〉欄の八月分、九月分及び計の各金額を否認し、「〈5〉仕入金額」、「〈8〉仕入金額」及び「〈5〉+〈8〉仕入金額合計」の各金額は、前同様に争い、その余は認める。

別表10の3(昭和五三年分仕入明細書)のうち、「〈5〉仕入金額」、「〈8〉仕入金額」及び「〈5〉+〈8〉仕入金額合計」の各金額は、前同様に争い、その余は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(本件各更正に至る経緯等)の事実は、当事者間に争いがない。

二  税務調査の適法性及び推計の必要性

1  原告は、葛飾税務署長が、民主商工会の組織破壊を目的にして、その会員である原告の所得調査を行つて本件各更正をしたものであるから違法である旨を主張するが、葛飾税務署長が右民主商工会の組織破壊を目的として、原告が民主商工会の会員であることを理由に調査を行つた事実を認めるに足る証拠はないから、原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当である。

2  推計の必要性

(一)  本件各更正が推計の方法によつて原告の所得金額を算出してなされたものであることは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、本件各更正が推計の必要性を欠くのになされた違法な処分である旨を主張するので、以下、推計の必要性の有無について検討する。

証人市川幸次の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第四号証、証人弓正幸の証言(ただし、後記措信しない部分を除く。)並びに原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 葛飾税務署長は、原告の本件各年分の確定申告書記載の申告所得額が同規模程度の同業者と比較して過少と認められたこと及び昭和四五年から調査していなかつたこと等から、原告の本件各年分の申告所得額の適否につき、所部係官市川幸次に、その調査を命じた。

(2) 市川係官は、昭和五四年一一月一日、右調査のために原告方に臨場したが、原告は不在であり、翌二日、再び臨場し、原告は不在であつたが、原告の妻が在宅していたので、身分証明書及び質問検査証を提示のうえ所得税調査の目的で来訪した旨を告げ、質問調査をしたところ、同女は、従業員が一〇名で全員住込みであること、従業員の食事の支度は同女がしていることを答えたが、確定申告の内容についてはわからない旨を述べ、市川係官に対し、調査に臨場したことを原告に伝え、また、調査に都合のよい日を連絡することを約束した。

(3) その後、市川係官は、原告から連絡がないため、同月五日午前一〇時三〇分ころ原告方に臨場したが、やはり原告は不在であり、原告の妻に、同月七日午前一〇時三〇分ころ再訪する旨を原告に伝えるよう依頼した。そして、市川係官は右日時に原告方に臨場し、原告に対し、確定申告書添付の収支明細書を提示しながら、右明細書の内容を明らかにするよう要請し、質問調査を行おうとしたところ、原告が「今日は川崎に行かなければならない。忙しいからだめだ。」などと言い、調査に応じようとしなかつたため、次回期日を原告の指定する同月二七日に決めたうえ、予め申告の計算の基礎となつた資料を提示するよう要請しておいた。

(4) 市川係官は、同月一四日に原告方に架電し、また翌一五日、原告方を訪れ、応対に出た原告の妻に対し、資料の準備について問い合わせ、提示を要請しておいたうえ、同月二七日一一時、他の係官と共に原告方に臨場したところ、葛飾民商の会員が六、七名程待機していた。その後、右民主商工会の事務局長とともに原告が帰宅したので、市川係官らは、原告に対し、税理士資格を有する者以外の立会は認められない等の理由を告げて、立会人の退席を要求したが、これに応じず、また、要請しておいた資料の提示を求めたところ、原告は「なかなか揃わない。」などと言い、これに応じないばかりか、前記立会人らが「自主申告を認めないのか。」「調査に来た理由を教えてあげなさいよ。」「言えば楽になりますよ。そうすれば、骨は民主商工会で拾つてあげますよ。」等口々に言い、原告及び原告の妻においても、「こんな忙しいときに来て腹が立つ。新聞店を全部調査したので私の家にも来たのか。」等口々に言うばかりであつたため、調査を進めることができなかつた。

(5) 次いで、市川係官は、翌二八日、二九日に、原告方を訪問及び架電したが、原告及び原告の妻が不在であつたため連絡がとれず、同年一二月一日に訪ねた際には、原告は不在であつたが原告の妻が在宅していたので、同女に対し、第三者の立会を排除して調査に応じ資料を提示するよう要請し、右の趣旨を原告に伝える旨の同女の約束を取り付けたが、再度、原告方を訪問した同月三日、原告は不在で、原告の妻が、「原告に伝えたが何も言わなかつた。税務署でやりたいようにやつて下さい。」と返答するのみで、要請していた資料の提示はなかつた。

(6) そこで、市川係官から報告を受けた同人の上司の統括官は、原告から協力を得るのは無理であるとの判断で反面調査に着手するよう指示したが、その間も、市川係官は、原告方に数回、臨場あるいは架電し、原告の妻に対し、調査に協力し、帳簿書類等を提示するよう原告への伝言を依頼し、また、調査に都合の良い日時を連絡するよう依頼したが、その後、原告からは何も連絡がなく、書類等の提示もないままであつた。そのため、葛飾税務署長は、本件各年分の原告の事務所得金額を推計によつて算出し、本件各更正及び本件各決定を行つた。

以上の事実が認められ、前記証人弓の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  右認定事実によれば、原告は、葛飾税務署長の所部係官の税務調査にあたり、本件各年分の所得を実額で算定するに必要な帳簿書類等の提示をせず、調査について非協力的態度に終始したのであつて、そのため、葛飾税務署長において、原告の本件各年分の所得金額を実額で把握することができなかつたのであるから、本件各更正時において、推計課税の必要正があつたと認められ、葛飾税務署長が推計によつて原告の本件各年分の事業所得金額を算出したうえ、本件各更正等を行つたことに、なんら違法はないというべきである。

三  そこで、原告の本件各年分の事業所得金額について、以下順次検討する。

1  推計の合理性

被告税務署長は、仕入原価を基に売上金額を推計し、右売上金額から一般経費を推計して、原告の本件各年分の事業所得金額を算出している(右事実は、当事者間に争いがない。)ので、まず、その推計の合理性について検討する。

(一)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証、証人小久保英嗣の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし三及び右証人小久保の証言によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 東京国税局長は、昭和五八年三月一四日付けで、葛飾税務署長に対し、「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、葛飾税務署管内に事業所を有している新聞小売業を営む個人のうちから、本件各年分について、次の〈1〉ないし〈6〉のいずれの基準にも該当する者全員(なお、〈1〉ないし〈6〉までの各条件が本件各年分のすべての年分に該当する者のみならず、そのいずれかの年分のみ該当する者であつても、その該当する年分について抽出する。)の課税事績の報告を求め、葛飾税務署長は、これを受けて、東京国税局長に対し、右基準に基づき、その該当者として昭和五一年分につき二名、昭和五二年分につき四名、昭和五三年分につき八名の業者を比準同業者として、その課税事績を報告した。

〈1〉 専ら新聞小売を営む者(新聞スタンドを除く。)で主に朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞、サンケイ新聞、東京新聞のいずれかを扱つている者。

〈2〉 本件各年分について、青色申告の承認を受けている者。

〈3〉 本件各年分のそれぞれの年分の新聞等仕入金額が、次の範囲内、すなわち、原告のそれの半分以上二倍以下(以下「倍半基準」という。)の範囲内である者。

(昭和五一年分)一三九一万八七四四円以上五五六七万四九七八円以下

(昭和五二年分)一五二三万七八三五円以上六〇九五万一三四〇円以下

(昭和五三年分)一七〇三万六一二六円以上六八一四万四五〇六円以下

〈4〉 年を通じて前述した新聞小売業を営んでいる者。

〈5〉 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者。

〈6〉 税務署長から更正または決定処分がなされている者にあつては、国税通則法または行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者並びに当該処分に対する不服申立て及び訴訟が終結した者。

(2) 本件各年分についての比準同業者の課税事績は、別表4の1ないし3記載のとおりであり、これに基づき、本件各年分の平均新聞等原価率(各新聞等原価率(新聞等仕入金額を、補助・奨励金を含まない収入金額で除したもの)の平均値)及び平均一般経費率(各一般経費率(一般経費を、補助・奨励金を含まない収入金額で除したもの)の平均値)を算出すると、右各表平均欄記載のとおり、それぞれ、昭和五一年分につき、六六・四七パーセント、二四・〇五パーセント、昭和五二年分につき、六五・一二パーセント、二七・〇七パーセント、昭和五三年分につき、六一・五九パーセント、三二・五六パーセントとなる。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、原告の売上金額及び一般経費を算出する目的で被告税務署長が選定した比準同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものであつて、右同業者の選定に当たつて葛飾税務署長の恣意が介在する余地も認められず、また、右各比準同業者は、いずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であつて、その申告が確定していることに照らすと、その仕入金額等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているものというべきである。

そして、選定された同業者の数は、昭和五二年分につき四名、昭和五三年分につき八名であり、そのいずれも同業者の個別性を平均化するに足りる選定件数であると解され、また、昭和五一年分については二名ではあるが、その同業者が前記のとおり類似性を認められ、かつ、その同業者の提供する資料が正確なものであり、同一地区に他に適切な類似同業者がいないのであるから、右二同業者との対比によつて推計することにも合理性が認められるというべきである。

以上によれば、前記の平均新聞等原価率及び平均一般経費率を適用して原告の本件各年分の事業所得金額を推計することは合理性があると認めることができる。

2  原告の実額主張について

ところで、原告は、本訴において、本件各年分の所得金額は実額で把握すべきであり、被告税務署長の主張する本件各年分の所得金額は、別表7記載の実額に比べて過大であるとして、その推計課税の違法性を主張しているので、原告が提出した証拠等に基づいて原告の所得金額を実額で把握することができるか否かを検討する。

(一)  収入金額

原告は、本件各年分の収入の内訳として、新聞等売上金額、折込広告料及び厚生費補助金を挙げ、それぞれ、別表7収入欄記載のとおりの金額であると主張し、そのうち、新聞等売上は、甲第一ないし第二五一号証(発証一覧表)により、折込広告料は甲第二五二、第二五三号証(大学ノート)により、それぞれ認定できる旨を主張するので、以下、検討する。

(1) 甲第一ないし第二五一号証(発証一覧表)について

原告は、本人尋問において、甲第一ないし第二五一号証(発証一覧表)は、各店員が月末から翌月の初めの間に作成した担当区域の売上表で、原告の本件各年分の地区別月別の新聞等の販売実績を示すものである旨を供述している。

しかし、証人渡邉定義の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告には、右発証一覧表に記載されていない、自動販売機二ないし三台による新聞販売の売上が存在することが認められるところ、原告は、自動販売機による売上については雑記帳に記載していたと供述しているが、右雑記帳が証拠として提出されていないことに照らせば、前記発証一覧表によつて原告のすべての売上金額の実額を認定することはできないものといわざるを得ない。

また、右各甲号証の記載によれば、原告が、新聞等の売上金額の資料であるとする発証一覧表は、月別、地区別の購買者名と、その月の売上総計を計上した一覧表形式のものであることが認められるものの、これによつて具体的にその顧客毎の集金状況を把握することはできず、日々の取引の経過や各勘定科目の相互の関係が把握できるような記載形式を整えているものではないから、正式な帳簿に準ずるものとみることはできないというべきである。

さらに、右各甲号証の記載及び原告本人尋問の結果によれば、右各甲号証の中には、新聞の単価の誤り等、その内容において正確といえないものがあるほか、発証一覧表は配達を受け持っている店員以外の者はわからず、記入できないものであるとされているにもかかわらず、同表には、当該担当者の記載した後に、中途契約者についての売上の記載もれがあるとして原告において裏面の発証合計欄の金額の訂正をしたと説明するものがあること、発証一覧表の発証合計金額は、集金すべき金額を記載しており、中には未収金、貸倒金に相当する売掛金をも含む場合があるが、未収金、貸倒金をその記載からは区別できないこと、右各甲号証には昭和五三年八月の七区分に該当する発証一覧表が含まれておらず、当該区分の発証金額については、同年同月の八区分(甲第二二三号証)の一覧表の下段に、原告が紙分表を基にして記載したという概数の記載しかないこと、右紙分表は、月別地区別の販売明細であるが、そもそも、常時、記載していたものではなく、現在保管していないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、発証一覧表は、その記載内容を客観的に裏付ける伝票等原始資料がないことに照らし、担当者が原始資料に基づいて正確に記載し、あるいは、原告が正確な資料に基づいて訂正したと認めるに足りないというべきであつて、正式の帳簿に準ずるとみることはできないものであるのみならず、各発証一覧表は、当時のすべての新聞等の売上金額を証するものでもないから、これらを原告の本件各年分の売上金額の実額認定の資料とすることはできないものといわざるを得ない。

(2) 第二五二、二五三号証(大学ノート)について

原告は、本人尋問において、右各甲号証は、それぞれ、昭和五二年分及び昭和五三年分の、折込広告料に関する取引結果をその都度記載したものである旨を供述する。

しかしながら、原告は、昭和五一年分の折込広告料については、二四七万六二九七円であると主張するが、右年分に関する資料は提出されておらず(原告の本人尋問における供述によれば、昭和五一年分を記載した大学ノートは紛失したというのである。)、右主張額を客観的に裏付ける資料がない以上、右金額を真実の売上額と認めることはできないものといわざるを得ない。

また、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる右各甲号証、原本の存在及び成立ともに争いのない乙第五号証の一ないし三〇並びに原告本人尋問の結果によれば、昭和五三年分の取引に関する右大学ノートには、坂田百貨店との折込広告に係る取引については、計上漏れがあるほか、領収書とは一致しない金額の記載がある等、正確に記載されていないこと、原告は、広告代理店を通さない直接持込みの分については、右各大学ノートの末尾に一括して、およその金額を記載しているにすぎず、その明細は明らかでなく正確性に欠けること(なお、原告は、この金額については主張の折込広告料の金額に入れていない。)、右各大学ノートには、現実に存在しない日付(昭和五二年の「二月二九日」(甲第二五二号証)、昭和五三年の「二月三一日」(甲第二五三号証))の記載等、取引の都度記載していたとしては誤りが不自然である記載があることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、右各大学ノートは、領収書等の原始資料に基づき、日々の取引をその都度正確に記載したものということはできないというべきであり、また、原告の折込広告料のすべてが記載されているものでないことが明らかであるから、右各大学ノートに基づいて原告の折込広告料の実額を認定することはできないものといわざるを得ず、他に原告の主張を肯認するに足る証拠はない。

(3) なお、原告は、新聞等売上については、自動販売機による新聞売上額は月五万円程度であり、これは、宅配の売上として計上されている売上金額の内の集金未収分にほぼ相当しているものとし、さらに、折込料収入については、昭和五一年分は、昭和五二年、同五三年分の実績から算定することが可能であるし、坂田百貨店に関する記載もれの収入は、他の新聞販売店への取り次ぎ配布経費で費消してしまつたもので、実質の収入ではないから大学ノートに記載していないとするなど、すべて新聞等売上、折込料の収入についての実額を証拠により把握できるものと主張しているが、発証一覧表及び大学ノートの記載内容が前記のとおりである以上、原告の右主張を採用し、収入金額を実額で把握できるとすることができないことは明らかであつて、原告の右主張は到底採用できないものといわなければならない。

(二)  右によれば、原告主張の収入金額について、これを実額と認めるに足る証拠がなく、したがつて、原告においては、もはや、所得金額の実額を立証することができないことになるのであるから、更に原告において実額と主張する必要経費について判断するまでもなく、原告の実額主張は理由がないものというべきである。

すなわち、本件において、被告税務署長は、売上金額及び一般経費をともに推計により算出して所得計算をしているものであるところ、このように収入金額及び必要経費がともに推計によつて算出されている場合において、原告が実額を主張して推計によって算出された所得金額を争うためには、右推計による所得金額が実額による所得金額と異なるためこれを採用することが不合理であることを立証することが必要であつて、原告においてこのようにして所得金額の実額を立証することができた場合においてのみ、有効な実額反証として被告税務署長が推計によつて算出した所得金額を覆すことができるものと解するのが相当であり、単に推計計算の一項目にすぎない必要経費のみについて実額を主張することによつては有効な実額反証となり得ないものと解するのが相当である。けだし、必要経費について推計額より多額の実額が立証できたとして、これを推計による収入金額から控除して所得金額を算出しても、一般的にいつて必要経費と収入金額との間には相関関係があり、必要経費が多額になれば収入金額も多額になると推認されるものであることに照らすと、右数値が被告の推計による所得金額と比べてより実額に近似しているということができないものであることは明らかであるのみならず、もともと、収入金額と必要経費がともに推計により算出されている場合に、必要経費のみについて実額を主張することは、推計計算の一部分について実額を主張するものであり、推計による収入金額と実額による必要経費という全く対応関係のないものの間において差引き計算をして所得金額を算出すべきであるとするものであつて、意味のないものであることは明らかであるからである。

そうすると、原告は、所得金額についてその実額を立証すべき負担を負うものというべきであるから、前記のとおり、収入金額を実額で把握することができない以上、必要経費について原告主張の実額を認定できるか否かを判断するまでもなく、原告の実額主張は、失当というべきである。

そこで、以下、被告税務署長の主張する推計方法によつて、原告の本件各年分の事業所得金額を算出することとする。

3  事業所得金額

(一)  売上原価(新聞等仕入金額)

(1) 原告の新聞仕入先が毎日新聞社及び中日新聞社の二社であること、各新聞社から仕入れた新聞等の代金が別表10の1ないし3(各仕入明細書)〈1〉、〈4〉及び〈6〉欄記載の各金額であることは、当事者間に争いがない。

(2) 毎日新聞社及び中日新聞社から原告に対し、毎月、補助ないし奨励金名目の金員が出されていることは、当事者間に争いがないところ、原告は、毎日新聞社及び中日新聞社からの毎月の補助ないし奨励金は仕入値引きの趣旨であるとして、前同表〈1〉、〈4〉及び〈6〉記載の各金額(新聞等代金)から同表〈2〉、〈7〉記載の各金額(補助・奨励金)をそれぞれ控除した金額である同表〈3〉及び〈8〉の各金額が、売上原価である「仕入金額」にあたると主張する。原告は、本人尋問において、補助・奨励金名目で、新聞代の値引きをしてもらっている旨の右主張に沿う供述をしており、また、いずれも成立に争いのない甲第二五四ないし第二八九号証(ただし、甲第二六六、第二六九、第二七〇、第二八六、第二八七号証は、いずれもメモ書部分を除く。)によれば、毎日新聞社においては、毎月、「新聞代」から「補助・奨励金」を控除したものを「差引新聞代」と表示して請求していることが認められる。

しかし、証人渡邉定義の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四、一五号証、いずれも右乙第一五号証により原本の存在及び成立とも認められる乙第七、八号証、第九号証の一ないし三によれば、毎日新聞社は、原告との間の取引金額表(乙第七号証)において、「月分新聞代」に「諸取立金」を加算し「補助・奨励金」を控除したものを「差引代金」と説明していること、新聞代は単価が決まつているところ、各新聞社とも毎月種々の名目で、売上部数とは無関係に不定額を補助ないし奨励金の名目で原告に支給することにしており、中日新聞社においては、売掛金元帳に毎月、「ホジヨ」と計上した金額を、原告に給付している補助金であると認めていることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、毎日新聞社及び中日新聞社の毎月の補助・奨励金は、新聞等代金とは無関係のもので、いずれも収入に計上すべき性質のものであると認められるので、新聞等仕入金額は、前記(1)のとおり、別表10の1ないし3の〈1〉、〈4〉、〈6〉記載の各金額とみるのが相当であり、結局、本件各年分の新聞等仕入金額は、別表2記載のとおりであり、昭和五一年分は二七八三万七四八九円、昭和五二年分は三〇四七万五六七〇円、昭和五三年分は三四〇七万二二五三円となる。

(二)  売上金額及び一般経費

そうすると、それぞれ前記(一)の本件各年分の売上原価を、前記1(一)(2)のとおりの各平均新聞等原価率で除して、原告の本件各年分の売上金額を算出すると、昭和五一年分が四一八七万九七七八円、昭和五二年分が四六七九万九二四七円、昭和五三年分が五五三二万一〇七九円(いずれも、円未満切捨て)となる。

また、右の各売上金額に、それぞれ前記1(一)(2)記載のとおりの各平均一般経費率を乗じて本件各年分の一般経費を算出すると、昭和五一年分が一〇〇七万二〇八六円、昭和五二年分が一二六六万八五五六円、昭和五三年分が一八〇一万二五四三円となる。

(三)  補助金等の金額

(1) 毎日新聞社からの補助金額

〈1〉 原告が、仕入先である毎日新聞社から、別表3の各厚生費補助金欄記載のとおり、昭和五一年分で計四四万六四〇〇円、昭和五二年分で計五〇万五五〇〇円、昭和五三年分で計五三万八五〇〇円の厚生費補助金を受領していることは、当事者間に争いがない。

〈2〉 また、毎日新聞社から原告に対しての「補助奨励金」名目の金員が、別表10の1ないし3の〈2〉補助奨励金欄記載のとおり(別表3の各補助奨励金欄記載の金額と同じ)、昭和五一年分で計七五六万八四四〇円、昭和五二年分で計八六九万八一〇〇円、昭和五三年分で計一〇二六万九一〇〇円の金額であること自体は、当事者間に争いがないところ、前記3(二)で述べたとおり、右補助奨励金は収入に計上すべきものと認めるのが相当である。

(2) 中日新聞社からの補助金等

〈1〉 原告が、中日新聞社から、従業員対策費として、昭和五一年六月に二九万六四〇〇円、同年一二月に二八万九二〇〇円、昭和五二年六月に二八万五〇〇〇円、同年一二月に二七万円、昭和五三年六月に二七万円、同年一二月に二七万七二〇〇円を受領していることは、当事者間に争いがない。

ところで、被告が右各金額の六〇分の四〇に相当する別表3の従業員対策費欄記載の各金額が、原告の収入である従業員対策費であると主張するのに対して、原告は、右各金額全額が原告の収入であると主張するが、被告が主張する以上の収入金額があるか否かを判断することは意味がないから、原告の収入である従業員対策費の額は、被告の主張どおり、昭和五一年分が三九万〇四〇〇円、昭和五二年分が三七万円、昭和五三年分が三六万四八〇〇円であるというべきである。

〈2〉 また、中日新聞社から原告に支給された「補助」名目の金員が、別表3の補助欄(別表10の1ないし3の各〈7〉欄)のうち、昭和五一年分の一〇月、一一月、昭和五二年分の八月、九月を除いて、各記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、また、昭和五一年一〇月及び一一月については各九万九一〇〇円、昭和五二年八月については九万一三二〇円、同年九月については八万二五五〇円の限度においては、当事者間に争いがないところ、前掲乙第九号証の一ないし三、第一四、一五号証、いずれも成立に争いのない甲第二九九、三〇〇号証、第三〇九、三一〇号証によれば、中日新聞社は、原告に対し、別表3補助欄記載のとおり、昭和五一年一一月には九万九一一〇円を、昭和五二年八月には九万一三二〇円のほかに三四〇〇円の計九万四七二〇円を、同年九月には八万二五五〇円のほかに四六七〇円、三四〇〇円の計九万〇六二〇円を、それぞれ支給していることが認められる。

〈3〉 なお、被告税務署長は、昭和五一年一〇月には、前記九万九一〇〇円のほかに、一〇〇〇円の補助がある旨を主張している。そして、前掲乙第九号証の一(中日新聞社の昭和五一年の新聞売掛金元帳(写し))には、一〇月二二日付けの「貸方」欄に「一〇〇〇円」の記載があり、前掲乙第九号証の一ないし三によれば、中日新聞社は、右の「一〇〇〇円」を除いて元帳の「貸方」欄には、原告に対する補助と原告からの入金とを記載していることが認められる。

しかし、前掲甲第二九九、三〇〇号証、第三〇九、三一〇号証、いずれも成立に争いのない甲第二九〇ないし第二九八号証、第三〇一ないし第三〇八号証、第三一一ないし第三二五号証(ただし、甲第二九〇、第二九五、第三〇四、第三〇六号証は、いずれもメモ書部分を除く。)によれば、中日新聞社の毎月の新聞代請求書は、当月一〇日が請求の基準部数で、当月中の増減は翌月補正することにして記載されたものであること、右請求書の入帳案内欄には、前月一五日から当月一四日の間の取引内容として、前月の新聞代についての原告からの入金額(受領日の記載あり。)と、諸請求額の内訳欄に控除額として記載した補助・奨励金の金額のほかに追加的に支給することにした補助・奨励金の額(昭和五二年八月分につき甲第三〇九号証、同年九月分につき甲第三一〇号証)が記載されており、右の追加分の奨励金等については摘要欄にその補助・奨励金の項目が明記されていること、他方、甲第三〇〇号証(昭和五一年一一月分の請求書)の入帳案内欄には、受領日が一〇月三一日の原告からの入金額(甲第二九九号証により前月分請求額より一〇〇〇円少ない額であることが認められる。)と、記帳日が一〇月二二日の、摘要欄が空欄のため趣旨不明の一〇〇〇円の記載があること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実に鑑みれば、前記「一〇〇〇円」については、前記入帳案内欄に受領日の記載がないから、原告からの入金ではないと認められるものの、新聞社からの前月分請求額について補正をして減額したものとの可能性も否定できないといわざるを得ないから、前記のとおり、元帳である乙第九号証の一の「貸方」欄に記載されていることをもつて、新聞社から原告に対する補助と認めるに足りないというべきであり、他に被告税務署長の主張を認めるに足る証拠はない。

〈4〉 なお、中日新聞社から原告に対する、右各補助金も、前記3(二)でのべたとおり、収入に計上するのが相当である。

(3) 以上の事実によれば、本件各年分の補助金等の合計金額は、昭和五一年分が九六七万四六八〇円、昭和五二年分が一〇七三万九八六〇円、昭和五三年分が一二四一万二七五〇円となる。

(四)  特別経費

(1) 本件各年分の店舗賃借料及び借入金利息の各金額が別表6記載のとおりの金額であることは、当事者間に争いがない。

(2) 雇人費について

〈1〉 従業員(鈴木正一を除く。以下、単に「従業員」という。)に対する給料等

被告税務署長は、本件各年分の雇人費の明細は別表5の1ないし3記載のとおりであるとし、右のうち、鈴木正一を除く他の者についての各給料は、原告が本件各年分の供与支払明細書であるとして提出している甲第三二六ないし第五七八号証のそれぞれの、左方欄の支給額欄に記載の金額から右方欄に記載の集金未収分手数料を控除した、原告が実際に負担した給与支払金額である旨を主張しているところ、いずれも原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる右甲第三二六ないし第五七八号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立ともに認められる乙第一一号証、前記証人渡邉の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、各従業員に対する給与支払明細書において、当該従業員自身が担当地区内で集金できなかつた額の二パーセントに対応する金額を給与から控除すべきものとして記載していること(甲第三二六ないし第五七八号証の各控除額欄に「他人」ないし〈他〉と表示して記載されている金額)、右は担当者の代わりに集金した者に対する手数料で、同人に支払われるべきものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告が本件各年分において各従業員に対して支払つた給料は、それぞれ、給与明細書(右各甲号証)の左方の支給額欄記載の金額から右方欄の未収分に関する手数料金額を控除した金額と認めるのが相当である。

なお、原告は、従業員の一部の者に対し、別表11の1ないし3記載のとおり、賞与としてそれぞれ年間七万円を支給していた旨を主張し、本人尋問において、従業員を採用するときに取り交す奨学生雇用条件確認書(甲第一〇一三ないし第一〇一五号証)で定まつているとおり定額の賞与を支給していた旨の右主張に沿う供述をしている。

しかし、右各甲号証は、原告以外の他の販売店主と従業員との間に交わされたものであることがその記載から明らかなもの、または、作成部分が白紙であつて、従業員を雇用する際に取り交すべき雛形文書にすぎないと認められるものであるから、これをもつて、原告が従業員に対して賞与を支払つていた事実及びその金額を証する資料とすることはできず、また、伝票等他に具体的に賞与の支払を裏付ける客観的証拠がないこと及び前掲乙第六号証に照らし、原告の前記供述はこれをたやすく措信することができず、他に賞与の支払事実を認めるに足る証拠はない。

〈2〉 鈴木正一に対する給料等

前掲乙第一一号証及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、昭和四〇年ころから、集金専門の店員として鈴木正一を雇用し、本件各年分の期間は、同人に対し、給料として月額四万五〇〇〇円を支払つていたことが認められる。

原告は、同人に対し、月額五万円の給与及び年額八万円の賞与を支給していた旨を主張し、原告の本人尋問における供述及び甲第一〇一二号証の記載は右主張(ただし、賞与額についてはいずれも主張と相違する。)に沿うものである。

しかし、右原告の供述は、前掲乙第六号証、第一一号証に照らし、たやすく措信することができず、また、右甲第一〇一二号証も、原告本人尋問の結果によつて認められるその作成時期等を考慮すれば、その記載を原告の右主張の根拠として採用することができず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

〈3〉 以上によれば、本件各年分の雇入費は、その明細が別表5の1ないし3記載のとおりとなり、昭和五一年分は四七〇万四四二〇円、昭和五二年分は五三九万一〇六〇円、昭和五三年分は六五八万四〇七六円となる。

(五)  事業専従者控除金額

昭和五二年分及び昭和五三年分において、原告の事業専従者控除額が、いずれも四〇万円であることは、当事者間に争いがない。

(六)  以上に基づき、原告の本件各年分の事業所得金額を算出すると、昭和五一年分が八一八万一五九四円、昭和五二年分が七九一万六二四四円、昭和五三年分が七九九万三〇〇八円となる。

そうすると、本件各更正は、原告の本件各年分の事業所得の金額の範囲内であつて、これを上回るものではないから、何等の違法もなく、また、これに伴う本件各決定にも、違法はないというべきである。

四  被告審判所長のした本件裁決の違法性の有無について

1  原告は、本件裁決には実質的な審理をしないでなされた違法がある旨を主張する。

しかし、成立に争いのない乙第一号証、前掲乙第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、被告審判所長が、原告の審査請求に対し、国税審査官をして、原告に対する聴取等の調査にあたらせるなど、実質的審査を行わせ、それに基づき、本件裁決をするに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告審判所長が本件裁決にあたつて実質的な審理をしていないとの原告の主張は、理由がないものというべきである。

2  また、原告は、被告審判所長は、本件各更正と同様に、本来なしえない推計課税の方法によつて本件裁決をしたとして、本件裁決には本件各更正と同様の違法がある旨を主張しているが、右主張は、原処分である本件各更正についての違法事由の指摘にほかならず、本件裁決の固有の瑕疵の主張ではないことは明らかであるから、失当である(行政事件訴訟法一〇条二項)。

六  よつて、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 北澤晶 三村晶子)

別表一~一三〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例